そろばんと数学教育
一松信/京都大学名誉教授


算盤(ソロバン)という言葉は古代中国にありますが、それは算木を並 べて計算する板の意味でした。現在のようなそろばん(但し天2珠地5珠 )が発明されたのは唐の時代(8世紀頃)といわれていますが、広く普及 したのは宋の時代(11世紀)以降のようです。

日本に広まったのは戦国時代の終わり(16世紀末)頃です。やがて天1珠 で珠の形も平たい円盤から、現在のような円錐を2個合わせた形に改良さ れ、高速に計算しやすくなりました。後には「数学の教科書」の代名詞に なった程有名な「塵劫期」も、計算道具としてそろばんを徹底的に活用し たのが、成功した一つの重要な原因です。

明治維新の後、数学教育にも色々と混乱・ 試行錯誤がありましたが、結局昔の「和算」のうち、そろばんだけが今日 まで残りました。特別な問題ですが、中国の老教授が長い年月をかけてそ ろばんで計算した結果が、最新のスーパーコンピュータによる結果よりも 正確だったという話も伝えられています。

小学校の算数教育においても、そろばんは 「位取り記数法」の理解や、簡単な加法・減法の計算などの目的には、う まく活用すれば有用な道具です。日本の重要な文化遺産として、忘れては なりません。

もちろん時代の変化を忘れて、いつまでも 昔の道具に固執するのは懸命ではありません。コンピュータ/電卓の発展は 、いつでも予想を遥かに上回っています。それは計算道具としてだけでは なく、通信・情報処理のための便利な機器として、世界を一新する力を秘 めています。そろばんにこだわる余り、新しい便利な道具を拒否ないし軽 蔑するのは、懸命な態度ではありません。道具はそれぞれに相応しい目的 に、うまく使うべきものです。これからも必要な個所で、そろばんをうま く使いこなすことを皆で考えましょう。


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